宮ノ下会員のコラム“ニプラーズ、かじる虫たち”
杉山会員のコラム
杉山会員のコラム
( 2018年当時 )
◆養老孟司先生の発案で建立された建長寺の「虫塚」
6月4日は「虫の日」。この日、私は、養老孟司先生の発案によって鎌倉の建長寺に建立された「虫塚」に詣でて参りました。
建長寺の一番奥にある建物「方丈」から更に奥へ、なだらかに続く丘の小道を登りながら見事に咲き誇った紫陽花を眺め、それから竹藪を通り抜けると、建築家の隈健吾先生の設計で2015年に建てられた「虫塚」がある広場に入ります。
この「虫塚」は、真ん中に養老先生のお好きなゾウムシのオブジェが置いてあり、それを囲んで金属製の棒が美しく組み合わされたデザインで出来ています。虫たちがせっせと動いている道の跡のようにも思えました。その周りに、種々の石で制作された虫の彫刻が飾られています。
その日は初夏のとても強い日差しでしたが、この虫塚のある広場は、木立からの爽風が心地よく、鶯の鳴き声も聞こえ、蝶々が戯れていました。そのような穏やかな佇まいの中、建長寺の吉田正道管長と多くのご住職による読経に続いて「虫塚」に参拝いたしました。
養老先生は、この場所に、これから虫の彫刻をもっと増やして行き、子供たちが集い、楽しめる「虫の彫刻公園」になさりたいという構想を私に話してくださいました。
◆森八郎先生と養老孟司先生の虫供養の御心が私の中で繋がりました。
40年ほど前になりますが、私は、東京国立文化財研究所の森八郎博士の生物研究室の助手をしていました。その時の私の仕事は、研究室内にある昆虫飼育室で、森八郎先生のご指導の元にワモンゴキブリ専用の高層マンションを造る事で、材料はティシュペパーの空き箱でした。それをガラスの水ナシの大きな水槽の中に高く積み上げるのです。このワモンゴキブリのマンションを掃除して、新しいマンションに入れ替え、それが終わると次は、美術館や文化財施設から送られて来る昆虫の死骸やパーツを標本にして、それぞれの昆虫の名前を小さなラベルに書いてガラスのビンに張り付けていました。
夕方、室内での作業が終わると森先生と、東京国立文化財研究所の裏庭へ行って、先生がお造りになった虫のお墓の前に二人でしゃがんで、実験の供試虫となった虫たちに感謝のお詣りをしていました。
森八郎先生からは、沢山の事をお習いいたしましたが、この小さな生き物へ感謝する気持ちを持つ事の大切さもその一つです。
40年前は森八郎先生から、そして今年は、養老孟司先生から、人間がより良く生きる為の研究と実験に、命を捧げてくれた小さな生物を供養するというお二人にみられる共通したお心に感銘を受け、これは、ぜひ伝えていかなければと思った次第でした。
今年の「虫の日」は、このように森八郎先生と養老孟司先生が 私の中で繋がったという大変嬉しい日になりました。
今、近来まれにみる早さで、世界の情勢が激変中です。また文明の進化の落とし穴ともなった地球の温暖化も深刻な状況です。個人の日常生活の中でも、情報が氾濫し過ぎているように思えます。様々な喧騒に埋もれること無く、この自然環境を大切に守っていく研究に、私は、地道に励んで行く自分でありたいと、今まで以上に思った「虫の日」でもあります。
鎌倉の地に凛として建っている文化遺産がパワーとなって、私の背中を押してくれているように感じながら帰路に付きました。
これから毎年この「虫塚」に供養させていただいて、風の音、鳥の声、足元には小さな虫の活動を体感し、アートとの対話も快感できる事が楽しみになっています。
2018年6月8日・記